2008.5.1 後期高齢者医療/暫定税率復活に見る政治家との生活感覚の乖離
「苦
しい判断だった」
福田総理はそう語った。将来に負担を残さない、地球温暖化の観点から見ても逆行する。まさに正論である。しかし街を見てみればガソリンスタンドに国民は殺
到し、国民生活は混乱することとなった。
後期高齢者医療についても政治家との生活感覚の乖離をまざまざと見せつけられる格好となった。『帳簿』の上では保険料の天引きは必要であろう。しかし生活
者として少ない年金から保険料を天引きされる高齢者の悲痛な叫びを福田総理は「実感」としてわかっているのだろうか?後期高齢者となれば、病気の1つや2
つは抱えていて生活が楽とはとても言えない。しかも年金は政府が保証したものである。
総理大臣というのは大変な仕事だと思う。論語などを読んでも小を捨て大を取れみたいなことが書いてある。しかしそれだけでは論語の言わんとしていることが
中途半端にしか飲み込めていないように思う。先の総理大臣小泉純一郎も小を捨て大を取るみたいな政治をした。国民は痛みに耐え、何も残らなかった。小泉純
一郎氏にもう一度、総理をやってほしいなどというのはテレビコメンテーターでもみのもんたしか言わないようなセリフである。
論語は実に良い読み物だが、政治流に歪曲してはいけない。孔子は大を取れとは言ったが、また支持される為政者にならなくてはならないとも言った。すべてが
実に良く循環し潤う、国が栄え国民生活が楽になる。任侠みたいな政治もいいが、長谷川平蔵みたいな人物も出てきてほしいと切に思う。
2008.5.1